シェエラザード(上)(下) 浅田 次郎
2002年12月15日 講談社文庫
いい面と悪い面が同居しているような作品です。
まず、いい面から行きましょう。
戦争中起こった実際の事件をモデルにしているそうです。
美しい世界一の豪華客船、弥勒丸。
船員たちは戦争中であっても、客船の乗組員として誇り高く船に乗り、この船を愛しています。
「戦場のピアニスト」という映画を見た時思いましたが、戦争は生きるも地獄、死ぬも地獄です。
撃沈されるとわかっていながら、多くの国民を乗せ、人質の代わりにした日本軍。
弥勒丸に関わった人達のその後の人生、権力者になった者もいれば、ひっそりと罪を背負って生きる者もいます。
弥勒丸の乗組員たちは、もともと兵士ではありませんからその日本軍のたくらみを知りませんでした。
そしてそのことを知ってからの、弥勒丸に乗っていた者たちの誇り高い死。
夜の正装を身につけた船長と、一等航海士。シェフハットをかぶった司厨長。
みな、愛する弥勒丸とともに沈みました。自分の仕事に誇りをもって。
そして悪い面ですが・・・
まず、登場人物全ての人生が書ききれていません。
正木中尉は台湾でどのように財を成したのか、留次とターニャはどうなったのか、土屋はその後どうなるのか、日比野は・・・?
紙面が足りなくて、正木の独白で無理やり終わらせたという感じがしないでもありません。
そうそう、百合子がどう死んだかも、どうやって弥勒丸に乗ったのか、土屋とはあれっきり会えなかったのか、どういう想いでいたのか・・も抜かされています。
あと、律子がうっとうしいですね。作者はどうやら魅力的な女性として書こうとしているようですが、所詮、男性、しかも老人の書いた女性という気がします。
一見自立しているようですが、かなり男に依存している。それでいてキャリアウーマンを気取っている。
別れた男に未練たっぷり、別れた二言目には恨み言が出て、最初はそれでちっとも話が進まないのです。
弥勒丸の引き揚げは、自分自身を取り戻すため・・・意味が分からない。
軽部も、これ最低の男です。はっきり言って15年も未練を持ち続ける価値はなし。
この二人、最低同士息が合うというところでしょうか。
しかしこれはあくまでも私の目から未体験であって、もしかしたら、律子を素晴らしい女性だと感じる方もいるかもしれません。
是非一度読んでみて、ご自身がどちらに感じるか試してみるのも良いかと思います。
しかし、過去を背負って生きるということはなんと苦しいことでしょうか。
様々な思いを背負って、それを忘れながら、あるいは忘れようとしながら生きなければなりません。
忘れるというのは苦しみから救ってくれる最良の方法なのでしょう。
そして最期は、この乗組員たちのように誇り高く死ねれば、と思います。