追想五断章 米澤 穂信
2012年4月25日 第一版 集英社文庫
しっとりと、じんわりと静かに心に染み入るいい作品でした。
「ああ、面白かった」と思う作品は多いですが、「ああ、いい作品だった」と思えるものはなかなかありません。
米澤穂信先生の傑作の一つと言ってよいと思います。
主人公は苦学生で、現在休学を余儀なくされています。叔父の経営する古本屋で働きながら、可南子という女性から「父親の残した五編の短編を探してほしい」と依頼を受けます。
その作品は、結果を読者の想像にゆだねる、という形式のもので、こういうものを「リドルストーリー」ということを初めて知りました。
可南子の父親、参吾は、妻殺しの疑いの目を向けられて苦しむのですが、その事件は実際あった「ロス疑惑」事件をモデルにしていることは明らかです。
「ロス疑惑」は私が子供のころから、マスコミで騒がれていた事件でした。
容疑者は長年服役しましたが、最終的には無罪となりました。
が、日本では無罪でしたが、アメリカではそうはいかず再度逮捕され、ロスの留置所に拘束されました。
そこまでは私も知っていましたが、その後容疑者が、留置所内で縊死したことは知りませんでした。
結局真相はわからずじまいでした。
主人公、芳光は静かに自分の運命を背負いながら、小説を探していきます。
見つけた小説の内容も、これまた奥深いものでした。
そして、芳光は小説の内容を知っていき、事件の真相にも迫っていきます。
そして最後に、なぜ可南子が小説を探していたのか、そしてあまりにも悲しい事件の真相が明らかになります。
誰もが心に深い傷を負い、そしてその真相を決して明かすことなく、静かに運命を生きています。
そして、芳光自身の運命も・・・。
こんな一文がありました。
「店では数万冊の本が読まれることを待っている。その一冊一冊の背景に、あるいは参吾のような物語があるのだろう。」
まさに、これこそが読書の真髄ですね。
本当に本というものは、読まなければ何の意味もないのです。
「ブレイクタイム」にも書かせていただきましたが、本というものはその表紙をめくって活字をたどって初めて、そこにある世界を知ることができるのです。
表紙をめくって初めて、本たちは、自分の中に書かれているいろいろな知識、物語を私たちに教えてくれることができるのです。
本たちは、本屋で、もしくはどこかの本棚の中で、誰かが自分の表紙をめくってくれるのを、じっと待っているのです。
表紙をめくってもらえなければ、ただの紙の束にすぎないのです。
そう考えると、本の運命というのはとても悲しいものですね。
私は、できるだけ一冊でも多くの表紙をめくってあげたいと思うのです。